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 岐阜県土岐市の南部に位置する妻木町。妻木の陶業の祖といわれる加藤太郎左衛門景重は、妻木城主が元和七年(1621)江戸城書院瓦の製造を江戸幕府より命ぜられるとこれに従事し翌年これを納めたことが知られています。陶祖作の香炉が崇禅寺などに残されているなど江戸時代に繁栄の広がりを見せています。現在は、27の事業所がそれぞれ工夫をこらし、伝統的な製法や独自の技術を駆使して様々な陶磁器を生産しています。

妻木陶磁器工業協同組合
岐阜県土岐市妻木町961−3 TEL:0572−57−6121 FAX:0572−57−6123
妻木陶磁器工業協同組合 組合事業
野焼き窯
野焼き窯 : 平成22年度 野焼き窯
投稿者 : ゲスト 投稿日時: 2010-09-16 16:02:05 (3516 ヒット)

美濃焼の長い歴史の中でも、400年ほど前の志野・織部を代表とする「美濃桃山陶」と呼ばれる時期が最も華やかな時代でした。この時代に領主として妻木を治めた妻木家頼と陶祖加藤景重によって、妻木の焼物の礎が築かれたといっても過言ではありません。
 
 妻木陶業史の中に大きな出来事として次のようなことがありました。元和7年(1621)10月、妻木家頼は江戸幕府より、江戸城書院の瓦の注文を受け、加藤景重がこれを見事に焼き上げ、翌年2月に納めました。今から389年前のことです。その2年後、元和9年(1623)10月2日に焼物を主要な産業に育てた妻木家頼は将軍の供として上洛した京都で病死しました。

 現在美濃焼に従事する私たちは、江戸城書院瓦を焼き上げた先人の功績を偲び、連綿と続く焼物の火を次代に伝えるために、ゆかりの深い秋の一夜に野焼きの行事を開催しました。

 今年、初めての試みで、巫女にお神楽を奉納野していただきました。焼きの炎に照らされて幻想的な時間が流れました。
















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